「青年と悪魔」
ある小さな村に、青年は居ました。
青年の人生は、実に幸福(へいぼん)なものであった。
ただ毎日同じ事を繰返し、ただ子どもをもうけまた、その子供達も同じ平凡(こうふく)を繰返していく。
それでも、そんな人生だからこそ青年は満ち足りたものだと思い、毎日を繰返していた。
毎日同じ時間に起き。
毎日同じ時間に森に出て。
毎日の糧を獲て村に帰り。
毎日同じ時間に眠りに付く。
そんな毎日を青年は愛した。
基盤が崩れるのは、一瞬だった。
青年は突然、村人達に「悪魔」だと言われ始めた。
昨日まで中の良かった隣人に話し掛けても無視されるだけ、それどころか剥き出しの悪意を向けられる。
やがて、青年は村の中心に連れてこられて。村人達にこう罵られる。
「お前のせいで」
「お前が生きているから」
「私達はこんな目に」
「俺達を騙しやがって」
「この悪魔め」
青年が思った事はただひとつ。
「どうして」
どうして、何故。自分でも、悪魔であるだ何て初めて知った。
隣人、村人達に話しかけても当たり前のように。まるで最初からそこにないかのように振る舞われる。
昨日までは違っていたのに。
平凡な、ありきたりな人生だからこそ。
青年/貴方 は、消費されるのであった。特別な人でなければ。誰でも良かったのだから。
青年でなくても、良かったのだ。ただ、不幸にも青年がその生贄に選ばれただけ。
ただ、そんな理由で十数年の時間は踏み潰された。
「悪魔には、罰を」
「鉄槌を」
身動きが取れないようにと、両腕両足の健を切られた。
青年は必死に叫ぶも憎しみの声でもなく。苦しみの声でもなかった。最初と同じ事を言う。
「どうして」
誰もそれを答える事はなく、青年の体を傷付けていく。青年は声が出なくなるまで疑問の叫びをあげる。
うるさいからと、喉を潰された。
「殺すなよ、そいつは皆のモノ何だから」
「こいつに死なれちゃ困る」
「自害出来ないようにもしなければ」
自害しない為にと、舌を抜かれた。
「大丈夫。これぐらいならまだ死なない」
「この程度で許されると思うな」
勿体ないからと、片目を抉られた。
「まだだ。まだ足りない」
「悪魔には更なる罰を」
罰として、動かなくなった両手両足の指を切断された。
どこまでいっても痛みは消える事なく。痛みは続く中にも、疑問も続く。
どうして。
しかし、その疑問も青年の家族が青年を傷付け始めた辺りから消えていった。
その代わりに、青年は憎しみを覚えた。怒りを、殺意を、妬みを覚えた。
殺してやる。
「早く死んでしまえば良いのに」
「これだから悪魔は丈夫だ」
「お前に生きている意味はない」
殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。
殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。
殺してもくれない癖に。それなのに、死ねとお前達は言うのか。
お前達が生かしていると言うのに。それなのに、死ねとお前達は言うのか。
動かない手足、立体には見えない視界、声も出せない体で青年は叫ぶ。
殺してやる。
お前達が俺を憎むように、呪うように。俺は、世界そのものを憎もう、呪おう。
俺はお前達の言う悪魔だ。呪ってやる、殺してやる。
そこに、先日の青年はどこにも居なくなった。そうして、青年は悪魔になった。
普通の理性ならとっくに死んでいるけれど。青年は、悪魔はそれに耐えた。
もしかしたら、平凡な毎日で既に死んでいたのかも知れない。
やがて青年は悪魔になりながら、救いになった。
「私達が悪い事をしても、この悪魔が居るからだ」
「この悪魔が私達に悪行をさせているのだ」と。
都合の良い、理想の悪のカタチにされた。
長い年月の中、青年の憎しみは消える。元々、憎しみと言う感情は長くは続かないのである。
乾いた片目で村を見る。村の音を聞く。
青年を蔑む声が聞こえる。青年を憎む声が聞こえる。悪魔を糾弾する事が聞こえる。
青年は、それを寛容した。ただただ、それを何も思わずに。
何も感じずに受け入れるようになった。それが最大の悪性だと知らずに。
こうして、悪魔と呼ばれた青年は悪となった。
多くに畏れられ、祭り上げられ、救いとなった。
哀れな、人柱の青年の話。