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「生と死を巡る幻想列車」

 

がたん、ごとん。

 

がたん、ごとん。

 

がたん、ごとん。

 

一定のリズムを刻んで、その列車は走っていく。
一度たりとも止まらず、その列車は走っていく。
ここは幻想列車。死者も生者も、生まれてくる前に死んだ者さえも乗せて、その列車は走っていく。
車窓から見えるのは、星の海。
果ての見えない、広い海。

 

レールもないのにその列車は、ただ走り続けてゆく。
魂と言う概念だけを乗せて、ただ走り続けてゆく。

 

そんな中に居る"ワタシ"はイレギュラー。
愛する者の為に多くを、見捨ててきたイレギュラー。
友人達の身体を繋いだ、ツギハギ身体のイレギュラー。

 

がたん、ごとん。

 

がたん、ごとん。

 

がたん、ごとん。

 

そうして、ワタシは車掌の居ないこの列車で車掌の真似事をする。

 

「ボンソワール、マドモワゼル」

 

もう何度言ったか。もう何度繰り返したか。相手が女性ならこの言葉から、ワタシの挨拶が始まる。

 

 

違う、君じゃない。

 

 

相手は美しい金の髪を持った若い娘。
突如、部屋にやってきたワタシに目を丸くする。
どこか誰かに似ているような気がした。

 

 

でも、君じゃない。

 

 

「あ、あの…貴方は…?」
「ワタシかい?気が付いたら、ここに居たんだ」

 

嘘は言っていない。ワタシだって■■された後に気が付いたら、ここに居た。

 

「少し、話をしないかい?この列車の旅は長いようだからね。少し、暇潰しをさせてくれないか?」

 

そしていつもの言葉を繰り返す。
そうしている間にも、ないレールを刻む音がする。

 

がたん、ごとん。

 

がたん、ごとん。

 

がたん、ごとん。

 

そうして、彼女は口を開いた。

 

「あの…私も、気が付いたら、ここに居て…この列車、どこに向かって走っているんですか?」

 

車掌の真似事を、ありもしない目的地をいつものように星の海の果てにある、大きな星を指差して言う。

 

「月さ。あそこの月に行って、君達は生きるのさ」

 

月へ向かう幻想列車。何てロマンなのだろうか。
そう、思えただろうに。今のワタシにはもうそんな風に思えない。

 

「この列車は、死者も生者も。死産の子さえ月へ運ぶ幻想列車。君、逢いたい人が居るんじゃないかい?」

 

そう言うと、彼女は驚いたように身を硬直させる。
当たりだ。
そもそも"逢いたい人は居るか"と言われて、居ないと言える人は居ない。
恋人、家族、友人。夢見た安い安い理想の存在。
そんな存在、あるだろう?

 

「月にはね、逢いたい人と逢わせる事が出来るのさ。どうしても逢えなくなった人でもね」
「そ、そうだったんですか…じゃあ、私の逢いたい人って…」

 

そう言って、彼女は口を閉じた。
そうしている間にもリズムは刻まれる。

 

がたん、ごとん。

 

がたん、ごとん。

 

がたん、ごとん。

 

しばらくすると彼女がワタシの身体を見て、口を開いた。

 

「あの…車掌さん。その体は…」

 

緑と青のオッドアイ。
これはまだ判らないでもない。
しかし、問題はここからだ。
片方が耳長の耳に対して、片方が赤い羽根の耳。
そして、赤い聖骸布でくるまれた両腕。
その腕は、ワタシの身体に対して大きすぎるのだ。
まるで、未熟な少女に成人男性の腕を繋げたように。
いや、実際そうなのだが。

 

「気が付いたらこうなっていたのさ、最初は気持ち悪かったけどね。今ではもう慣れたよ」

 

気が付いたら、何て嘘を吐く。
もっともっと前からだ。
こんな列車に来る前からだ。

 

「お嬢さん、もし宜しければ少し歩きませんか?」

 

がたん、ごとん。

 

がたん、ごとん。

 

がたん、ごとん。

 

無言の間にもリズムを刻んで走ってゆく幻想列車。
そして彼女は立ち上がった。

 

「はい」

 

そうして、ワタシは彼女と少し歩く事となった。

 

 

 

 

 

かつ、かつ、かつ。
がたん、ごとん。

 

ふたり分のブーツの足音と共に、列車のリズムが重なる。

 

「あの…私以外にも、乗客って居るんですか?」
「あぁ、居るとも。誰も乗せずに走る列車に存在意義があるかい?」

 

この列車は、走り続ける事に意味がある。
だが、乗客が居ないのならそこに意味などない。

 

「あ、あの…私。サクラって言います…貴方の名前は、何ですか?」
「フェーク。変わった名前だろう?」

 

フェイク、友人達から取った名前なのに上手く出来ているとさえ思った。
偽物の身体に、偽物の存在。
これは、彼らがワタシを赦してはくれていないと言う事なのだろうか。

 

「外に出てみようか?車窓から見える風景も良いけれど、ガラスのない風景はまた格別さ」
「…出ても…大丈夫、何ですか?」
「大丈夫だとも。ワタシは良く外へと出るよ。まるで水に浸した水晶が、群生している洞窟に居る気分になるさ」

 

そう言って、ワタシは彼女を列車の外。連結部分へと案内する。
連結部分とは言えども、外は外だ。肉眼で星の海を見る事には変わりない。

 

「わぁ…」

 

彼女は無垢な少女のように目を輝かせている。それを。ワタシは。

 

「オルヴォワール、マドモワゼル」

 

そう言って、彼女を星の海へ。列車の外へと突き飛ばした。

 

「えっ――――」

 

驚愕の表情を浮かべる。それはそうだ。何故かと思うのは当然だ。

 

 

すると、星の海から黒い手のような影が大量に現れては彼女を喰らっていったのだ。
端から聞こえるのは嘆きの声、叫び声、救いを求める声。悲惨な声。

 

「うん。そこそこね」

 

そうして、彼女を喰らった影はそう笑う。

 

「今回は随分と若い娘を連れてきたわね、前回よりは楽しめたわ。フェイク」
「そうかい。後、何度も言うがフェークだ。フェイクに改名するな」

 

その影を出していたのは、人魚。星の海を泳ぐ唯一無二の存在。
――――魂を、喰らう存在。
ワタシは。そいつと契約しているのだ。

 

「マル、まだか?」
「えぇ、まだまだよ。貴女の願いを叶えるにはまだ足りないわ」
「そうか」

 

ワタシの願いを叶える存在。
願いを叶える代償は大量の魂。
願いを叶える為に、星の海へ魂を沈めていく。
星の海と言う名の、底のない嘆きの海へ。
マル、星の海の人魚に喰われた者は強制的に黒い存在へと転生させられる。
"悪"の名を持つ女。
そんな人魚と、ワタシは契約しているのだ。

 

「それにしても、最初は冗談半分だと思っていたけど。本気だったのね」
「それはそうだ」
「愛する者を、蘇らせたい。だ何て」

 

誰だって。願う願い。
しかし、実現しない願い。
ワタシはその実現の仕方を知っている。
外道だろう。非道だろう。
笑えよ。嗤うが良いさ。
こうでもしてでも。
取り戻したいのだから。
愛の果てに壊れた心は未だに、愛に乞われている。

 

正常なワタシだったらどう思っただろうか?
そもそも、正常とは何だったか。
それさえも思い出せない。
ワタシの名前は、何だったか。

 

「フェイク、貴女の名前はとても素敵だったわ。その分、貴女の願いを貴女に近付けるわ」

 

あぁ、そうだった。名前はマルに対価として渡したのだった。
残った名前は、フェーク。フェイク、偽物の名前。他にも名前はあったような気がしたけど、どうだったか覚えていない。

 

「フェイク。もっと貴女から、貴女のカケラが欲しいわ。貴女のモノは暗く見えるけどその芯は純粋なのよ」
「足はやらないぞ人魚姫」
「あらあら、足をくれれば直ぐにでも逢わせるのに」
「ワタシが人魚姫になっても不幸しかないし、足を得た人魚姫は不幸になるぞ」
「そうだったわね。泡になるか火炙りね」

 

どう言う訳か、自身のモノを差し出すと願いに近付くようで、ワタシは以前に一部の記憶と名前を差し出した。

 

それでも遠いようだ。
愛する者を蘇らせる奇跡には。

 

がたん、ごとん。

 

がたん、ごとん。

 

がたん、ごとん。

 

人魚姫は列車のリズムに合わせて泳いでくる。
列車には乗れない"決まり"らしい。
ブーツを脱ぎ、嘆きの海へ素足を浸す。
嘆きの叫びが、助けを求める声が一瞬脳内に反響する。
だがそれも慣れた。
悪いが、ワタシはその声を踏み潰す存在。
昔のワタシなら、助けたかも知れないけれど、今のワタシは外道の外道。
救われるのはワタシだけで良い。

 

あの子を蘇らせるのだって、ワタシのエゴイズム。あの子は、こんな事をしてまでは望まない、きっとワタシを責めるだろう。
――いや、優しい子だから。ワタシではなく自身を責めるだろう。
だから、ワタシは。遠くから、あの子の幸せを見れればそれで良いのだ。

 

がたん、ごとん。

 

がたん、ごとん。

 

がたん、ごとん。

 

「素敵な足ね。貴女の足ね」
「左目か右耳だったらやるよ」
「ふふ、それも素敵なモノ。でも、貴女のモノだから大事にして。貴女が貴女でなくなってしまうわ」

 

何て矛盾を言っているんだか。この女は。
まぁ、足をねだるのはいつもの事なので軽く受け流す。

 

「ワタシは確かに鳥のモノだったけどペンギンではないぞ、陸が似合うのさ」
「海は海で素敵なのよ。でも、だからこそ陸に恋するの」
「まるで童話の魔女と人魚姫の組み合わせたかの存在だな、お前は」
「でも王子様には恋しないわ。恋と愛は違うのだから」

 

さて、恋と愛はどう違うのか。
まぁ、ワタシにはどうでも良い話だ。
恋だっただろうが、愛だっただろうが。
願いが変わる訳ではない。

 

「次は男性が良いわね。少年、青年ぐらいの」
「…何度も聞くけど、性別で魂の差何てあるのか?」
「色、かしらね。質も違うのよ」
「へぇ。じゃあ次は男連れてくるよ」
「ふふ、楽しみね。男性もだけど、貴女の願いがいつ叶うのか。じゃあね」

 

そう言うと、マルは星の海へと沈んでいった。自由に生きている…のだろう。
さて、ワタシも行こう。
ブーツを履き、車掌のふりをして"幻葬列車"を歩く。

 

がたん、ごとん。

 

がたん、ごとん。

 

がたん、ごとん。

 

輪廻巡りの列車のふりしたフェイカー。
騙された魂は人魚に喰われてさよならさ。
さぁ、次は誰がワタシの願いの為に犠牲になってくれるのか。

 

がたん、ごとん。

 

がたん、ごとん。

 

がたん、ごとん。

 

ふと、部屋を覗くと見馴れない乗客が居た。
新しく迷い込んだか。しかも背丈からして男、これは好都合。
ただ、ぐったりと眠っているのを起こす訳にもいかないので、今は話しかけはしない。
眠っているのは珍しい事じゃない。

 

 

 

 

 

ただ、両腕がないのが気になった。

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