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「忘れ物」

 

「忘れ物ですよ」

 

 

ふと、鈴を転がしたような声が聞こえた。控えめだけど存在感のある声が聞こえた。

少年は最初、自分に言われたものだと気付かずに歩いていたが

直ぐに辺りには人が居ない事に気付き、自分に言われたものだと気付き振り替えると、

ふわふわと透明感を感じる髪をした少女がこちらを見詰めて立っていた。

 

 

「これ、貴方のですよね?」

 

少女が持っているのは、小さな装飾品。どうやら蒼い石のイヤリングのようだった。

すると、少年は驚きながらも少女からイヤリングを受け取った。

 

 

「あれ、これは…ずっと探してたのに。どこで見付けたかは知らないけど、ありがとうね」

「もう、忘れ物はありませんか?」

「大丈夫、もう忘れないよ。なくさないように気を付けるね。本当にありがとう」

 

 

そう言って、少年はその場でイヤリングを着けて少女に笑顔を向けるとその場所を去っていった。

少女はそれを見て、微笑んでからどこかへと去っていく。

少年が笑顔になったのに釣られたのかも知れない。

 

 

 

 

 

「忘れ物ですよ」

 

 

ふと、鈴を転がしたような声が聞こえた。良く通る鈴のような声が聞こえた。

彼女が顔を上げると、そこには光を当てたような瞳をした少女が彼女を見詰めて立っていた。

少女が手にしているのは銀の懐中時計、今もチクタクと一定のリズムで音を刻んでいる。

 

 

「時計ですか?私、ちゃんと持ってますよ?」

 

 

彼女はそう言って、鞄から時計を取り出す。

そして再び少女の銀の懐中時計を見ると、怪訝な表情をした。

 

 

「あ、あれ?うそ、時間がおかしい…え、あれ!?」

 

 

彼女は何度も、手元の時計と少女が持っている銀の懐中時計を見比べている。

良く良く見ると、彼女が持っている時計は秒針の動きが僅かにだが遅れていた。

そして、分針はそれなりに遅れていた。

 

 

「あちゃー…そろそろ寿命ですかねぇ。電池入れ替えなきゃです」

「もう、忘れ物はありませんか?」

「はい、大丈夫ですよ。危うく約束を破る所でした…お礼と言ってはあれ何ですけど、どうぞ」

 

 

そう言って、彼女は少女の手のひらに色とりどりの包装がされた飴玉を置いて、

最後ににこにこ笑ってどこかへ行った。きっと、約束を守りに行ったのだろう。

少女は彼女から受け取った飴玉をひとつ、口へ放り込む。

コロコロと口の中で転がし、またどこかへと去っていく。

少女はにこやかだったのは、飴玉が好みだったからかも知れない。

 

 

 

 

 

「忘れ物ですよ」

 

 

ふと、鈴を転がしたような声が聞こえた。どこか涼やかな声が聞こえた。

男性が振り替えると、飾りっ気のない。質素な姿をした少女が男性を見詰めて立っていた。

 

 

「うん?スケジュール帳かい?そんなもの、私は…」

 

 

少女が持っていた手帳を見詰めて、何かを思い出したような表情をして、頬を掻いた。

手帳自体は男性の物ではなかったようだが、その手帳を見る事で忘れ物を思い出したようだ。

 

 

「……あ。そうか、今日はあの日だったか」

「もう、忘れ物はありませんか?」

「どこの誰かも知らないが…どうして、そうしたのは知らないが…ありがとう。大切な事を忘れていたよ」

 

 

そして、男性は少女の隣を通って先程通った道を戻っていく。

そうして、再び通り掛かった男性の手には大きな花束があった。

何処と無く、男性の表情は照れ臭そうだった。

それを見送った少女は微笑んでどこかへと去っていく。男性のこの後の姿を想像したのかも知れない。

 

 

 

 

 

「忘れ物ですよ」

 

 

ふと、鈴を転がしたような声が聞こえた。小さな声が聞こえた。

青年が振り替えると、そこには声の大きさも納得してしまう、背の小さな少女が青年を見詰めて立っていた。

 

 

「それが?」

 

 

少女が手にしているのは、大きな写真だった。色彩のない、モノクロの写真だった。そしてそこには青年が写っていた。穏やかな表情をしていた。

 

 

「何で、俺が写った写真を?」

「貴方が忘れているからです」

 

 

そうしてしばらく青年は写真を見詰めて考え込むと、何か重要な事を思い出したように。

夢から覚めてしまったような、複雑そうな表情をしていた。

 

 

「あぁ、そうか。何で忘れていたんだろう。忘れちゃいいけない事なのに」

 

 

そう呟くと青年の体は途端に薄くなり、背景が透けて見え始めた。

 

 

「思い出した。思い出した。…うん、こうなったらここにはもう居られないね」

「もう、忘れ物はありませんか?」

「うん。ないよ…とは言っても、これから全部忘れちゃうけど。不思議なお嬢さん、ありがとう」

 

 

そう言うと、青年の姿は最初からなかったかのように。青年の何もかもが消えた。

それを見届けると、少女はどこかへと去っていく。

どこか優しそうな表情をしていたのは、青年が悪しき存在にならなくて良かった、と言う安堵の表情なのかも知れない。

 

 

 

 

 

「忘れ物ですよ」

 

 

ふと、鈴を転がしたような声が聞こえた。どこか無機質だとも感じる声が聞こえた。

女性が振り替えると、そこには空色のワンピースを着た少女が女性を見詰めて立っていた。

 

 

「えっ……」

 

 

少女の手には、ナイフがあった。恐る恐る、女性が手を伸ばす。

すると少女はナイフの柄を女性へと向けた。女性がナイフを受け取ると、どう言う訳か。

一瞬で鉄の臭いと共に、ぬとぬととした触感に襲われる。

ナイフを見ると、赤く染まり雫は滴り落ちている。

そして、女性の姿は返り血を浴びたように赤い飛沫が飛び散ったような、今にも罪を犯したかのような姿へ変貌していた。

 

 

「もう、忘れ物はありませんか?」

「あ、ああ…ああぁぁぁ………!」

 

 

そして、女性が泣き崩れる頃には少女はどこにも居なかった。

女性はいつまでも、血に塗れたナイフを握り締めていた。

この時ばかりは、少女は笑顔ではなかった。女性は、それに気付く事もなく咽び泣き続けていた。

 

 

 

 

 

「忘れ物ですよ」

 

 

ふと、鈴を転がしたような声が聞こえた。凜、とした声が聞こえた。

少年。しかし、少年にしては低い声をした少女が振り替えると、そこには薔薇のペンダントを着けた少女がこちらを見詰めて立っていた。

 

 

「忘れ物?」

 

 

少女の手には、羽根ペンと1冊の本があった。すると、少年は苦い表情をしてその本から目を逸らす。

 

 

「それは忘れ物ではない。俺が置いていったものだ。棄てた物だ」

 

 

そう言って少年はその忘れ物を受け取ろうとせずに、少女に背を向け歩き出そうとした。

 

 

「でも、まだここにちゃんとありますよ」

「しかし、そいつは今まで何度も捨てようとした。しかし捨てられなかった」

「でも、まだちゃんと捨てられてませんよ。まだここにあります」

 

 

そして、再び少女は少年へ本を差し出す。

 

 

「持ち主がいるのなら、これはまだ忘れ物ですよ」

 

 

すると、少年は少女へ手を伸ばす。そして少女はその手に本を手渡した。

 

 

「こんな、処分に困ったこんな夢が忘れ物なのか?」

「まだ。忘れ物ですよ」

 

 

そうして、少女は本の上に羽根ペンを置くように少年に渡した。

 

 

「もう、忘れ物はありませんか?」

「………あぁ、どうやら忘れ物はこうして手に戻って来てしまった。どうやら、俺は書かなければいけないようだな」

 

 

そう言って、少年は本を小脇に抱えて。羽根ペンを持ってどこかへと去っていく。そうして、少女は微笑んでどこかへと去っていく。あの少年のこの後の姿を、生み出す作品を想像したのかも知れない。

 

 

 

こうして、少女は今日も忘れ物を届けているのだろう。

 

「忘れ物ですよ」

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