「勿忘草の姫君」
私は、目を開ける。
過去、なし。現在、あり。未来、不明。
目の前の小さな人物が、私を起こしたのでしょうか。
そして小さな唇は語る。
小さな手から生まれた人工物。ヒトガタ。
ミオソティス、それが私の名前。
マスターから作られ、マスターに名付けられた人形。
目の前の人物に造られた知能ある人形。
それが私でした。
マスターは、生まれてから一度も外に出た事がないと言います。
私は、マスターの足となり手となり目となります。
マスターは、どんなモノがお好きですか?
私がそれを探して持って来ましょう。
そうですか…美しいモノ、愛らしいモノがお好きなのですね。
なら、私がそれを外から探してみます。
外の世界は、光で溢れていて。
……眩しいと思いました。
直ぐ傍に咲いてあった、青や赤。色とりどりの花。
これは、マスターは気に入るのでしょうか?
外に出た事がないと仰っていました。直ぐ傍のこの花さえもご覧になった事はないのでしょうか?
マスター、マスター。
これはどうでしょうか?綺麗でしょうか?
私には解りません。けれど、マスターは喜んでいるようなので、使命をこなせて満足です。
これはパンジーと言う花なのですね。
他にも色んな色があるのですか、次は探してお持ちします。
次は違うモノを?かしこまりました。
道の端に置かれたきらきらと太陽の光で輝く透明なモノ。
これは、マスターは気に入ってくれるでしょうか?
マスター、マスター。
こちらはどうでしょうか?美しいモノなのでしょうか?
私にはまだ、判断がつきません。
ちょっと微妙なお顔をしたので、そこまでよろしいモノではなかったのですね。
喜ばせる事は出来ませんでしたが、1つ学習しました。
それは硝子と呼ばれるモノなのですね。
そして、その状態では破片と言って怪我をしてしまう事もある危ないモノなのですね。
人形の私を心配して下さるのは、何か間違えているような気がします。
漂流物が多く流れ着いた海辺に、透明の中に赤が入った石を見つけました。
とても不思議です。どうなっているのでしょう。
そして、少し遠くで従者と思われる人が主と思われる人をムシューと呼んでいたのが、とても印象的でした。
ムシュー、ムシュー。
これからはマスターの事をムシューと呼ばせていただきます。
こちらの方が、更に特別なように感じるのです。
この石はどうでしょうか?
目がきらきらと子どものように輝きました。美しいモノかは解りませんが、喜んで下さって嬉しいです。
それは石ではなく、びーだまと言うモノなのですね。
机の上に置くと、ころころと転がってしまいます。
これは、以前お持ちした硝子で出来ているのですか?
こんなにも姿を変える何て不思議です。
これは、人が生み出した人工物なのですか。
人は、びーだまと言い私と言い、ありとあらゆるモノをお造りになられるのですね。
似たようなもので、おはじきと言うモノもあるのですね。
どんな見た目なのか教えて下さい。私も興味があります。
森で見つけた赤く鮮やかで綺麗な花、綺麗と同時に妖しさを感じます。
葉っぱが見当たらないのは何故でしょうか。
茎が真っ直ぐと伸びていて、手折るのは簡単でした。
しかし、こうして見ると何故か灯火のように見えます。
ムシュー、ムシュー。
この花はどうでしょうか?
綺麗でありどこか妖しさを感じる花は美しいモノですか?
良かったです。どうやら私は、ムシューと似た感性を持っているようです。
私は、これを妖しくもあり美しいと思いました。
ムシューと似た感性を持っている事に恐れ多くも、嬉しく思っています。
これは彼岸花と呼ばれるモノなのですね。
中にはこの花を不気味と言う人も居るのですね。
ムシューがこれを不気味と思わなくって良かったです。
毒性のある花なのですか。では、取り扱いは注意します。
美しい花には毒があるモノもある。そう記録しておきます。
他にはどんな毒を持つ花があるのか知りたくなりました。
洞窟で見つけた鋭い刃のように岩から生えている透明なモノ。
何だか不思議な力を感じます。
取り出す時に手のひらに刺さり、小さくですが窪んでしまいました。しかし、痛みがないのです。
ムシュー、ムシュー。
これは綺麗だと思いませんか?
私はこれは綺麗だと思いました。だから、ムシューに見せようと思って持ってきました。
これが何かか知りませんが、ムシューはご存知ですか?
水晶、と呼ばれるモノなのですね。
これも石の一種なのですか。不思議な力があるのですか。
悪いモノを浄化する…魔除けの力があるのですね。
…失礼ながら、魔除けとは何ですか?
はい、今度でも良いので教えて下さい。
手のひらのこれですか?これはその水晶が刺さってしまいました。痛みはありませんので、問題はありません。
それでも、直して下さるのですね。ありがとうございます。
私は、幸せ者です。
美しいモノを探していても、見付からない時に上を見上げると空が変わっていました。
この風景さえも、美しいモノではないでしょうか?
どんなに手を伸ばしても取れないので、瞳に焼き付けておきましょう。
ムシュー、ムシュー。
今回は何も手に入りませんでしたが、美しい風景を目にしました。
ムシューに伝わるか、不明ですがどんな風景だったかを伝えたいです。
暗い紺色に紫がかった空に白や赤、青白い点が見えました。砂を零したかのような、白の川がありました。
時々、白の点が流れて行く姿を目にしました。
あれは、夜空と言うモノなのですね。
空にも、その時々で表情を変えるのですね。
他にはどんな空があるのですか?
今まで意識もしていなかったので、全然気付きませんでした。
今度からは、空の模様も気にしてみようと思います。
ムシュー。
私は、人形です。
アナタから生まれた人工物です。
私はミオソティス。
アナタの為の人形です。
ミオは、ムシューの友だちになりたいのです。
人間と人形であったとしても。
ミオは、ムシューの為の存在なのです。
生まれた時から体の弱いムシュー。
そんなムシューが、命を賭けてミオを造り出した。
その時、ミオはムシューの時間をどれ程奪ったのでしょう。
でも、それがムシューの生きがいだったとしたら。
ミオは、生まれて来て良かったと思うのです。
ムシュー、ムシュー。
御加減は如何ですか?
ミオは、ムシューの御側に居ります。
どうか、1人だ何て仰らないで下さい。
ミオは心を得たのです。
ムシューの命を賭けたミオは、ただの人形ではないのです。
夢を見るその時まで、御側に居ます。
例え、ムシューにとってミオは人形でしかないとしても。
ミオは、ムシューの為に生まれて来たのですから。
ミオの意思で言葉を選び、その言葉を耳で聞き心で感情を感じ、笑い、涙するのです。
ミオは、ムシューの誇りとなれたでしょうか?
それだけが、気掛かりなのです。
ムシューはやがて、醒めぬ夢を見るようになりました。
ムシューの傍には、薄い空のような青や薄紫に白…優しい色合いの、私の花を。私の名前の花を贈ります。
その花に込められる意味は────
「私を忘れないで」
ムシューの事をどうか。
ムシューは、私の事をどうか。
忘れないで下さい。
ミオはムシューの手となり足となり目となります。
だから、ミオはムシューに見せたいモノを…空の上に居るムシューと一緒に見るのです。
ミオの美しいモノ探しの旅は、果てがないのですから。