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「夢を売る少女」

ある厳しい冬の夜。吐く息も白くなる凍える夜、指先が足先が悴む寒い夜。

まるで雪でも降っているかのようなそんな星空が綺麗な夜。

どんな人もそれぞれ早々に家路を目指す中に、白いワンピースを着ている少女が居た。

まるでそこだけ季節が違うかのように、少女はただ平然とそこに居た。

少女の肌も白く、雪があればそこに溶け込んでしまいそうな姿であった。

 

「君、そんな格好で寒くはないのか?」

 

そんな少女を見かねた青年が少女に話しかけた。青年は厚着に対して、少女は薄着。

街行き交う人々もまた、暖かそうな格好をしている。紛れもなく、少女の姿は異端だった。

 

「私、夢を売っています。一夜限りの夢を売っています」

 

そんな少女の言葉を聞いて、青年は顔をしかめた。

この地域では、そう言った声に出して言う事さえも憚る行為の隠語がある。少女が言った言葉はまさにそれであった。

なる程、確かにそう言う存在なのならば少女のその格好に納得がいく。男性なら、そう言った格好を好む傾向がある。

青年は羽織っていた外套を少女に掛ける。1つ着るものが減り、青年は一度だけ身震いする。

 

「俺はそう言うのには興味はない。そんな格好では寒いだろう。これを着ると良い」

「いいえ、私は本当に"夢"を売っているのです。

きっと、貴男が考えているのは一般的な。それこそ下賤な花売り娘。それとは違います」

 

そう言い、少女は冷え切った青年の手を取る。

その格好からは想像がつかない程少女の手はあたたかい。

 

「私の手は、このように他の人とは見た目は同じなのです。けれど、私の手は不思議を生み出すのです。

私はその小さな不思議を売っています」

 

青年の手を離し、少女は両手の手のひらで水を掬うかのような形にする。

すると、少女の手からは羽根が。色とりどりの大小様々な羽根が溢れるかのように現れた。

少女の手から零れた羽根もふわりふわりと舞うように、ゆっくりと地面に落ちる。

 

「そんなもの、俺のような見ず知らずの人に見せてはいけない。もしも見世物小屋の者に見付かったらどうするのだ」

 

しかし、この奇跡を目にしたのは少女の目の前に居る青年だけではなく、物陰からもその奇跡は目撃されていた。

その人物は陰から飛び出し、少女の手を掴み取りそのまま少女を連れて何処かへと走り去ってしまった。

 

青年は突然の事でどうする事も出来ず、誰かに連れ去られた少女が生み出した羽根を拾い上げる。

その夢は、触れても消えない特別製の夢のようだった。

 

 

 

 

 

少女が連れて来られたら場所は薄汚い部屋でもなく、それこそ見世物小屋でなければ良く手入れの行き届いた宮殿だった。

 

「すまなかった。少々手荒い歓迎をしてしまったな」

 

少女を連れ去った人物が振り返る。それは、小さなまだ幼いともとれる少年だった。

 

「このままでは解らんままだろう、歩きながら説明しよう」

 

どうやら少年から話を聞く限り、この国の女王は変わったモノを集めるのが趣味なようでそこには少女と同じように

変わった人物があちらこちらに居た。

肌の一部が結晶化している者、左目の涙が猛毒になる者、両目の色が異なる者、両腕が巨大な骨になっている者。

それこそ、見世物小屋に居ても何も疑問に持たないような存在が、

普通の人と分け隔てなくその特殊な所を生かせる者は生かし、生かせぬ者は普通の人達と混ざり生活していた。

 

そうして、少女は玉座に鎮座する女性の前まで連れて来られた。

 

「あら、この少女は一体何でしょうか」

「この少女は、夢を売っていた」

「それなら、誰にでも出来ます」

「違う。この少女は"夢"を売っていた」

「はい、私は不思議を…夢を売っています」

 

すると、女王はにこりと微笑んで少女にこう言った。

 

「私にも、貴女の言う"夢"を見せて貰えないかしら」

 

女王の言葉に少女は応えるように手を高く掲げ一気に振り下ろすと、何処からか雪が降って来る。

そもそもここは室内、例え雪が降るとしても本来有り得ない事であった。

 

「あら、これはとても不思議で素敵な力ね」

 

口調こそ落ち着いていたが、女王の瞳はまるで子どものようにきらきらと輝いていた。

 

「家族は居るのかしら?」

「いえ、8年前に既に」

「そう。貴女さえ良ければなのだけれども、ここで働いて下さらない?生活は保障します」

 

そうして、少女はその提案を飲み込んだ。

するとその答えに笑顔で女王はこう言った。

 

「貴女をここまで連れて来たあいつに、ここでの事を教えて貰って下さい。

…あいつもまた、人とは変わっているんですよ。貴女よりも年下に見えるでしょう?

あれでも、私よりも年上なのですよ…そう言う呪い何ですって」

「お陰でいつまで経ってもガキ扱いよ、泣けてくるな」

「だったらせめて大人らしい振る舞いをしなさいよ」

「無理な話よ」

 

そんな会話をした後に、少年は少女が説明する為に宮殿を周りながら、口を開く。

 

「名目は女王の趣味、実際はその人物達の保護よ。法で取り締まってもどうしても実行する輩ばかりだ。

…だからこうしてそう言った人物を攫うに近い方法だが、ここに連れて来ている。最も、ここに身を置くかは本人に任せているがな」

 

少女は、確かにこの国では見世物小屋の類が多いなと思い出していた。

もしかしたら、少女もまたその見世物の1つになっていただろう。

 

「ほら、あの何も変哲もない男が居るだろう?あいつは中でも酷く変わっていてな‥殺しても死なん、殺しても蘇ると言う力がある。

…そんなの、捕まれば酷い目に遭うのは火を見るより明らかよ」

「何か言ったか?」

「おや、聞こえていたか」

「お前のは声が大きいからな…彼女は?」

「今さっき来たばかりの夢売り娘だよ」

 

夢売り、と言う言葉に顔をしかめるかと思いきや目の前の男は、特に気にしていなかった。

 

「ほぅ、ただの夢売りではないのだろう?」

「そうなるな、本当の夢を売っている」

「本当の夢か、それはやはり子どもの頃に見たような美しいものなのかな?」

「はい、大体そうです」

「そうか、これからは今までとは違う生活になるから慣れないかも知れんが、頑張ってくれお嬢さん」

 

その日から少女に任された仕事は、毎日綺麗なものを飾る事だった。

ある日は花を、ある日は雪の結晶を。ある日は星空を閉じ込めたかのような石を。

どれも一夜を過ぎると、泡のように。花火のように消えていった。それを含めて、皆はそれをとても素敵だと、夢のようだと言った。

少女はそれだけで、温かい料理と暖かい居場所を手に入れた。

 

そして、少女はやっと。この不思議な夢を必要としてくれる人に出会えて、喜んでいた。

訳の解らない、気味の悪い力を素敵だと言ってくれる人に出会えて、嬉しかったのだ。

その後も、少女は他のちょっと不思議な人達と混じって生活し。また仕事以外でもその夢を魅せる事が多くなった。

以前の夢売りの頃と比べて、誰かの為に紡ぐ夢は更に美しいモノへと変わっていた。

 

 

 

 

 

少女がやって来てから幾月経ったある日、少女は自らの一室から出て来なかった。

最初は体調が悪いのかと皆そっとしていたが、いくら呼んでもまるで反応がなかった。

 

不審に思った皆は、少女の部屋を覗く事にした。

無論人の部屋を覗くだ何て許されぬ行為だが、こればかりは女王も許可を出した。

それだけ、多くのモノが少女を好意的に思っていたと言う事だ。

かちゃり、と鍵も掛けられておらず扉は簡単に開いた。

 

少女の部屋は、多くの色があった。

アセビにスズラン。

スイセンやキョウチクトウにトリカブト。

エンゼルトランペットやレンゲツツジ。

シャクナゲやジンチョウゲで彩られていた。

どの花も、彩り鮮やかで美しく。

またどの花にも共通しているものがあった。

毒だ。これは猛毒だ。

人の命を容易く奪う、猛毒の美花ばかりだ。

 

そんな致死量の毒蜜に咽ぶ事なく、少女はただそこに眠っていた。静かに横たわっていた。

それこそ、いばらの代わりに毒花に囚われた眠り姫かのように。

硝子の棺に、白百合の代わりに毒花を敷き詰めた雪の姫かのように。

 

眠れる少女の周りにはベラドンナとヒガンバナにジキタリス、コルチカムが。

鮮やかな紅と蒼に2つの紫が咲き誇っていた。

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